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佐々木直也

このたびは当サイトにお越し頂きありがとうございます!

作者の佐々木直也(ささきなおや)と申します。

このサイトは、文章をかきまくるワタクシ、 佐々木直也という人間の日常を気ままに綴るサイトでして、このページでは自己紹介をさせて頂ければと。

どうぞよろしくお願い致します(^^)

ではまず、ぼくは何をやっている人間なのかといいますと、メイン業務はWebディレクターなる仕事をしておりまして、企業サイトを作ったり運営したり、そこに掲載する文章書いたりイラスト描いたりと、なんかいろいろやっておりますね(^^;

イラストは趣味でやっている程度だったんですが、最近は、クライアントサイトに使うイラストも自分で描くことになり気づけば仕事に。サイト制作も大学の頃にハマりまして。

そして何よりも、子供の頃からラノベ作家を目指しておりましたので、それが高じて商業出版を2冊させて頂きました。

とくに狙ったわけではないのですが、タイトルがどちらもしんどそう(笑)

 

それと、iPadのレビューブログを熱心に書いておりました関係で、2冊のムック本に寄稿させて頂いたりもしました。

 

いずれにしろ、趣味でやっていたことが気づけば仕事になっていった感じですねぇ。

そして現在はラノベを書いております!

ラノベとは『ライトノベル』の略で、まぁひと言でいうと、イラスト付きの軽めな小説ですね。

まー、いい歳して小説書いているとか何いってんだ? って感じではありますが、ここまでくるのにいろいろ変遷があったんですよね(^^;

まさに中二病

ということで、ワタクシ──佐々木直也がラノベ作家を志したキッカケなんぞ語ってみたいと思いますが、14歳のとき、ラノベ界の金字塔『スレイヤーズ』を読んだからでした。

当時はまだ『ライトノベル』なんて言葉もありませんでしたが(^^;

中学2年生でまさに中二病まっさかりのころ、スレイヤーズシリーズの中でもとくに『アトラスの魔道士』を読んで大層感銘を受けまして、それと同時に、ぼくはこんなことを思います。

「文章だけなら、自分でも書けるんじゃね?」

いまにして思えば失礼にもほどがありますが、まぁ子供が思ったことなんでご勘弁ください。

子供の頃のぼくは、作画については大層な挫折感を味わっていたもので(のちにイラストを描き始めますが)、漫画家に憧れてはいたものの、マンガを自分で描くに至るほどではありませんでした。

でもラノベを読み、あれほど多彩なイメージを文章だけで生み出せるのだと知って、いてもたってもいられなくなりラノベを書き始めます。

 

ですが、書けない!

 

まったくもって言葉が出てこないんですね。

「えーとほら、あのお城の三角形の屋根ってなんて名前だ!? そもそもお城は何でできているんだ!? レンガか!?」

というような状況です。ネットもありませんでしたらねぇ。

つまり圧倒的に知識不足・語彙力不足、加えて経験不足でした。

それでも、単語帳を常に携帯して語彙力を増やしてみたり、親に百科事典を買ってもらったりして、人知れずコツコツと創作活動を続けました。

副産物としては国語の成績がよくなったことでしたね(^^;

国語の成績は、中学1年生では5段階評価で2だったと記憶してますが、ラノベを書き始めてからは常に5になりました。

まぁ文章に触れる量が半端ありませんでしたから、当然といえば当然でした。

弱冠18歳で!?

そうこうしているうちに高校生になり、そこでも人知れずコツコツとラノベを書き続け、17歳の夏頃、ショッキングなニュースを目撃します。

なんと、某大手出版社の新人賞で、弱冠18歳の学生が大賞を取ったとのこと……!

ぼくと1歳差しかありません。

そのときまでぼくは、新人賞を受賞するなんて、もっと大人になってからなのだろうと思い込んでいたので、たいそう衝撃を受けるとともに「こうしちゃいられない」と思い立ちます。

そうして大学受験もそこそこに、応募作のラノベ執筆に取りかかります。

当時、我が家にもようやくワープロが導入されたので、人差し指1本でキーボードをタイプして、原稿を清書したりもしました。懐い(^^;

そうして受験勉強そっちのけで書き上げたラノベ原稿は……一次選考にも引っかからず落選(ToT)

オマケに大学もすべて落選(゚Д゚)

こうしてぼくは、浪人生となったのでした……しくしくしく……

ベストセラーが書ける!

しかし浪人中も、新人賞が気になって勉強があまり手がつきませんでした。

参考書選びという名目で本屋に行き、ラノベを買ったり、作文についての本を買ったりしておりました。

その中でも、いまでも非常に役立っているのが『ベストセラー小説の書き方』であります。というか、盛衰激しい出版業界にあっていまだ紙書籍で販売されているとは! すごいロングセラー!

とにもかくにもこの本で初めて、ぼくは「小説にはお作法があったのか!」と知ります。

そうして『ベストセラー小説の書き方』で学んだ通りにラノベを書いて応募しました。浪人生、何やってんだ?(^^;

「小説の書き方も分かったし、今度こそ入選するだろう」……と高をくくっていた応募作は、またもや落選。やっぱり一次選考にも引っかかりません(ToT)

「お作法通りに書いたのに、どうして落選するんだろう?」と心底気落ちしました。

ですが、気落ちしている暇はありません。再びの大学受験が目前に迫っておりました。

やばい。勉強してない……!

なのでやむを得ず、ぼくは作戦を立てます。いわゆる傾向と対策ですね。

ぼくの得意科目は相変わらず現代文でして、現国ならどこの大学でもほぼ満点を取れました。ですが暗記科目の古文・漢文はまったく点が取れません。そりゃあ勉強してなかったからね(^^;

ちなみに古文に関しては、創作のため、社会人になってから勉強したのですが、どうせ勉強するなら学生のうちにやっときゃよかったなぁ……

なので古文漢文のない大学を選び、英語はマークシートで最低20点を稼ぎ(つまりすべて山勘!)、世界史は、初期の頃は勉強してたので40点前後の目算。そうして現代文を95点以上取れば合格ラインに乗る──そんな大学をピックアップしました。

そして、かろうじて大学合格できたのでした。

でもまぁ……受験ではなんの努力もしなかったし、ラノベは落選するしで、まるで喜びもない合格でしたねぇ……

ダイアルアップ!

そんな感じで入った大学は、なんの思い入れもなければ、学びたい学部(なんでか法学部)でもなかったため、3年後に中退してしまいます(゚Д゚)

いま思えばとんでもないドラ息子でしたねぇ。遅まきの反抗期というか(^^;

大学在中は、授業なんてそっちのけで、ラノベを書いては応募しておりました。

ラノベだけではなく、大人向けの小説も書いては文学賞に応募するも、そのことごとくが落選です。

そうしてぼくはどんどんやさぐれていったのですが、あるときこんな本に出会います。

『ネットで小説を売ったら300万円儲かりました』的な。

正確なタイトルは忘れましたが、とにもかくにもこの本を読んだときぼくはこう思いました。

「そうだ……これからはネットの時代だ! 自分でラノベを売ればいいじゃないか!」

ときはまだ、スマホもなければ常時接続もない、懐かしのダイアルアップ回線の時代でした。

若い人は知らないと思いますが、昔のネットは、普通の電話回線だから3分10円とかかかるんですよ。『ピーゴロゴロ……ジーーー……』とか音を立てて接続されて、しかも表示速度はめっちゃ遅いんです(^^;

でも、ネットで自著を売るといっても、当時はブログすらありません。なのでぼくはサイトを作り始めました。

大学に行ってなかったから時間だけはありまして、ちまちまとソフトを学び、HTMLとCSSを学び、画像素材はあり合わせのものを見繕い、そうしてサイトを作りました。

いちばんキツかったのは、決済システムの導入でしたねぇ。いま考えると、プログラミングの基礎知識もないのに、見よう見まねでよくやったなと思います。

ちなみに、このときの経験がいまだメシの種になっているわけですから、人生どうなるか分かりませんね(^^;

そうして四苦八苦して作った初の個人サイト──電話料金だけで3万円もかかりました!──ですが、たしか短編1本当たり150〜300円で販売して、数ヶ月で700円くらい売れたかな(^^;

いま考えると売れただけでもすごいことなのですが、当時のぼくはそれで生計を立てたかったわけですからガックリしました。

その後もあの手この手でサイトでのラノベ直販を試みますが、どうにもならず初の個人サイトは1年後に断念しました。

初めての気絶

そうして「やっぱり新人賞を通してデビューするしかないのか……」と思うに至り、引き続き書いては応募する日々。

ラノベだけではなく、RPGゲームのシナリオ募集など見つけたら即応募していたのですがすべて落選。

そのさなか、ようやく1本だけ、とある出版社の一次選考を通過しました。

その通知はわざわざ手紙で来まして、それを受け取ったときは飛び跳ねるほど嬉しかったですねー(^^;

でもその後、その新人賞自体がうやむやになってしまい、けっきょくデビューには至りませんでした。

 

ところで当時、ぼくは一人暮らしをしていたのですが、大学中退するとき、親に電話一本で辞めることを伝えると、親・大激怒(当たり前!)。仕送りもカットされて(当たり前!!)、フリーターとして生活費を稼ぐ傍ら、深夜にラノベを書くというような生活でして、それはもうめっちゃ荒んでおりました。

当然、生活は乱れに乱れ、とある夏のある日、高熱を出したあげく腹痛で倒れます。

食中毒だったのか、無理が祟って胃腸がやられていたのか、とにかくあまりの激痛に意識が遠のきました。救急車を呼ぶにも、電話を取りに立ち上がることすらできません。

なのでやむを得ず、トイレまではっていき、ちょっと意識を飛ばしながらも小一時間くらいトイレにこもりました。

そうしてなんとか小康状態になり、丸一日寝込みます。

1日経って、胃痛はなんとか治まって、近所の薬局に出向き胃薬を買いました。医者に行けって話なんですが、そのときは保険料も払えないほど困窮しておりまして──のちに滞納金含めすべて払いましたが──とにかく医者に行けなかったんですわ(^^; いやもう気分は不法就労者でしたね。

その病後に「もうダメだ……」と観念して、親に頭を下げて実家にスゴスゴ戻った次第です。

このような放蕩息子をよくまぁ受け入れてくれたものだと思います(^^;

ニートですが何か?

実家に帰ってからというもの、張り詰めていた気がいっきに抜けて、あっという間に引きこもりに突入!

実家にいながらのバイトだとある程度貯金もできたので、そうなるとバイトもぜんぶやめてしまいます。

世間様で「働いたら負けかな」といわれる前から働いていませんでした! これも、引きこもりとかニートとかいう言葉ができる前の話でして、ぼくはまさに『負の最先端』を突っ走っておりましたね!

ですが無収入のニート生活のため、半年もすると貯金もなくなります。実家なので衣食住には困らないものの、使えるお金がまったくないとマンガやラノベも買えません。

ということで、ぼくはやむを得ず日雇い労働をすることにしました。

いまにして思えば、この辺の体験談は、ぼくが書いた実用書やラノベに色濃く生きておりますから、何事も経験だなぁと思ったりはしますが(^^;

でも日雇い労働はなかなか過酷でして……

例えば、とある栄養ドリンクの工場で、ベルトコンベアーで瓶詰めドリンクがどんどこ流れてくるのですが、それを一定間隔でベルトコンベアーの流れを切り替えるんですよ。ガッチャン……ガッチャン……と。そんだけ。どうしてそこだけ手動なのか、いまだにもって分かりません……

そのほかには、東京の見知らぬ埠頭に連れて行かれてエンドレスに倉庫の荷だしをやったり(ヤバイ仕事じゃなくてよかった)、渋谷のスクランブル交差点で、師走、土砂降りの雨だというのに新装開店ラーメン屋のビラ配りをしたり(東京のド真ん中で、手足が凍傷になるかと思った)。

とまぁそんな労働のさなか「学歴も職歴もないけれどなんとか定職に就けないものか?」と考えを巡らせまして、大学の頃に独学したサイト制作の知識を引っ張りだして、それを改めて勉強しながら大小いくつかのIT企業に面接に臨みます。

ちなみにその頃は就職氷河期と呼ばれていた時代で、とにかく就職が難しく、派遣社員にならざるを得ない人もけっこういたと思います。

そんな状況なもので、大きなIT企業は歯牙にもかかりませんでしたが、それでもどうにか、小さなネットショップをやっている中小企業に採用となりました。

まぁ採用といってもバイト待遇だったんですが、週5日のフルタイムで働けるバイトでしたので生活費にはなります。

そうしてぼくは、胸をなで下ろしたのでした──

半年でクビに

──と、胸をなで下ろしたのもつかの間、そこの会社は半年でクビになりました(ToT)

いやー、お局さんとケンカしちゃったんですよねー(^^;

我ながら、その頃のぼくは「剣山か!」と思うほどささくれ立っておりましたし、あと生意気でした。

あーでも……生意気なのはいまもそうか! 歳食ったおかげで、生意気いっても若くないから生意気には聞こえなくなっただけというか(^^;

まぁとにもかくにも、20代半ばのバイト(ぼく)が社長に食ってかかるわ、お局さんのいうことは聞かないわで。

最終的に「牛乳パックを洗わないで捨てた」が理由で解雇になりました……!

いやまぁその出来事はもちろん引き金にすぎず、それまでにぼくが弾薬をたっぷり詰め込んでいたからなのですが。

しかし、いきなりクビでは業務が止まってしまうため仕事は自宅で行う、ということになりました。いまでいうところのSOHOとかテレワークとかですね。

ですがクビにはなっているので、身分としてはフリーターからフリーランスへクラスチェンジしました。

それからのぼくは、仕事相手は様々に変遷ありましたが、いまでも同じ働き方をしておりますので、けっきょく一度も正社員になることなく現在に至りますねぇ。

 

さて、初めての在宅業務は……極楽でした!

満員電車に乗らなくてもいいし、面倒なお局さんもいないし、何しろ誰とも会わなくていい!

いえ本来のフリーランスは、営業やら打ち合わせやらで積極的に対面しなければならないのですが、そのときぼくはまだ在宅バイトみたいなものだったので(^^;

しかも実家でしたから、幾ばくかの生活費を入れたら三食昼寝付き!

そうして、ちまちまとHTMLとCSSを打って、サイトやメルマガに載せる販促用文章をちょろっと書けばお金になる。冷暖房完備の自室で。

ベルトコンベアー切り替え業務から比べたらほんと極楽でした。

初月は月収7万円にしかならず不安を覚えましたが、やがて仕事も増えて毎月安定して20万円くらいになり、実家住まいですからお小遣いすら出るようになりました。

なので、これまで悲惨な生活(自業自得)をしていたぼくは、IT業務にのめり込むようになります。

スキルを身に付ければ付けるほど、仕事の幅が広がって収入も伸びるのですからもう有頂天です。ラノベを始め、マンガもアニメも買いたい放題でした。

そんなお一人様ライフを満喫すること数年、不意に親からこんなことをいわれます。

「お前、いい加減出てけ!」

というわけで、ぼくは29歳でようやく自立するのでした(^^;

初出版!

自立後も、なんだかんだと大小様々な仕事に恵まれて、フリーターだったころとは打って変わってそれなりに安定した生活を送れました。

まぁ、平たくいえば向いてたんでしょうねIT関係。スキルを身につけるのも苦ではなかったし、逆に面白かったのです。

でも「出版したい」という気持ちはずっとくすぶり続けておりまして、「とにかくいちど出版してみたい。小説でなくてもいいから」という気分になっていました。

そこで、とある懇親会で知り合ってから懇意にさせて頂いていた出版プロデューサーさんに相談を持ちかけます。

「あの、なんか出版したいんですが、どうにかなりませんか?」

嘘みたいなふてぶてしさ! でも実話です(^^;

まぁ、やっぱり出版というのはハードルが高くて、そのプロデューサーさんが所属する組織の元には、年間何百本という企画や原稿が送られてくるそうですが、それらが採用されるのは一握りだそうです。

だというのに「なんか出版したい」という程度の気持ちで相談するのは、ほんと、ふてぶてしいにも程があると思います。

ですが……なんか出版できまして(゚Д゚)

実績も知名度もないというのに、どういうわけか、なんと3社からもオファーを頂くことができて、うち1社と本当に出版することになりました。

本気か!?

しかもです。

ぼくは、バリバリの実用書を企画してたんですが、編集さんからのオファーは「佐々木さん、小説も書けるんですよね? ならば小説仕立てで書きましょう」とのこと……!

IT業務に専心するあまり、ちょっと忘れかけてた創作の情熱をこのとき思い出しました(^^;

あ、ちなみにこの出版を契機に法人化もしまして、フリーランスから代表取締役にクラスチェンジ。まぁ代表といっても会社にはぼく一人しかいませんが!

そうして小説風実用書として出版して頂いたのが『勉強の「しんどい」がスッと消える!3分間メソッド』(総和社)です。

ぶっちゃけ爆発的には売れませんでしたが、2017年現在で出版から7年経っても販売してくれておりますので、いくら感謝しても足りないくらいです。

書籍って、ぜんぜん売れないと数年で裁断処理されてしまうのですよ。出版社の在庫になってしまいますので、経理上、いろいろ問題が出てくるのです。

いまなら電子書籍で原稿だけは残すという手もありますが、いずれにしても出版社って、本当に大変な業種だと思います(-_-)

新人がなかなかデビューできないのもよく分かりました、えぇ。

大失敗の末

そうして出版も一段落しまして、ぼくは思いました。

「うん、なんだか出版もできたし、気はすんだかな?」

プロデューサーさんには多大な尽力をかけて頂いたにもかかわらず、なんとなく、つぎの実用書には気乗りしないままずるずると2年が過ぎ……

「やっぱり、ぼくの書きたいのはラノベなんだ!」

と思うに至ります……改めて書くと、ほんとやりたい放題ですね自分!

あ、プロデューサーさんにはいまでもお世話になっておりますが(^^;

 

ということで本格的に創作活動に突入します。

まず、IT業務で自分がパンパンになっていたので、ほぼすべてを終了しました。業務を仕事仲間に譲ったりして。

つぎに、法人として500万円借り受けました。

法人といっても実質ぼく一人ですから、この金額はなかなかどうしてけっこうな額です。どうしてここまでやったのかというと、ラノベを自分でプロモーションをしようと思ったからなのですね、ネットで。

これにくわえて幾ばくかの貯金もありましたから、これで1年間無収入でもなんとかなるだろうと。

そうしてラノベ執筆を再開させます。

基本は新人賞への応募でしたが、それがダメだった場合、電子書籍にして自分で販売しようと目論みました。大学のころと発想がまったく同じ!

で、新人賞は一次通過はしたものの結局落選。なので電子書籍にして、プロモーション活動を開始します。

ですが……いちど無収入になると、恐ろしいほどの勢いでキャッシュがなくなるのですよ……

どうもぼくは、実家にいた頃のぬくぬくしたイメージが抜けていなかったようで……生活費を始め、家賃や光熱費などを支払ったあとに、プロモーションのための諸経費を支払うとなると……毎月凄まじい出費となりました。

そうして半年でキャッシュが底を尽きます。あっという間でした。

つまり、社を上げてのラノベ事業は大失敗です。(社には自分一人ですが!)

これまで、IT業務は比較的堅調に推移していましたから、フリーターのころとは違い、独立起業してからこっちお金の苦労はなかったんですが、このとき生まれて初めて、資金繰りなる活動を行いましたね、えぇ……(ToT)

引きこもりから日雇い労働のころがいちばんつらい時期だとしたら、この資金繰りの時期はワースト2といったところですねぇ。

 

そうしてなんとか、親・親戚に頼ることなく資金のめどが立ち、つぎはすぐさま営業活動ですが、これまでずっと懇意にしてもらっていたとあるIT会社にお願いして仕事を回してもらうことで食いつなぎました。

ですがさすがに借金は重く……これを返済するのに約3年を要しました(ToT)

ラノベでーす

ちょろっと自己紹介するつもりが、なんか膨大な量になりましてすみません!

やっと身軽になれたのが2017年の話でして、ついにシャバに帰って来られた!気分です。

そうして、よーーーやく執筆活動を再開できた次第です。長かった(ToT)

さらには幸運にも、秀和システムさんにお声がけ頂き、前掲書『しんどいがサクッと片づく 考えない仕事術』を2018年に出版することができました(^^)

いやー、それにしても、ぼくは『事業』なんて規模で仕事しているわけではないのですが、それでも商売に失敗すると手痛いですね……

でもまぁ、失敗にも懲りずまたラノベの諸活動を色々としていきたいと思います。今度はIT業務と平行してね(^^;

というわけでこんな人間が書くラノベ、ご興味が沸きましたらぜひ読んでいってください(><)b

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